土用の丑の日! 意味と由来とは!? うなぎはどうして食べるの?



夏の恒例行事の一つと言えば、土用の丑の日「うなぎ」ですよね!

僕はなんといっても、夏はうなぎです。


小学校の頃から、スイカよりもかき氷よりも、うなぎ・・・特にうな重が大好きでした。

(へんな小学生だと、いまさらながら思います^^;)



でも、土用の丑の日にうなぎを食べる風習って、いつから始まったんでしょうね。

子供の頃は、大好きなうな重でしたので、なんにも考えず食べていましたが、

「なぜなんだろう?」と思い、今回は調べてみました。



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土用とは?

土用の丑の日に食べるものは?と言うと、うなぎ!

と言うのは、たいていの方が、知っていることですね。



でも、この「土用」ってなんだろう??

なかなか、説明出来る人っていないのではないでしょうか?


まずは、この土用の説明から始めていきましょう。



土用というのは、「土」と言う意味が含まれています。

一年を、木火土金水の5つに分ける風習がありました。



木は春、火は夏、金は秋、水は冬という風にです。

そうすると、一つあまるのが「土」ということになります。



そこで、昔の人は考えました、

「土は全ての季節に共通しているし、母なる大地とか言うし、季節の間に入れよ!」

と言ったかどうかは、わかりませんが、季節の変わり目に「土」を入れることにしました。



もう、お分かりいただけたと思いますが、

土用というのは、季節の変わる間の約18日間のことなんです。



季節の変わり目とは、立春、立夏、立秋、立冬を基準にして、その前の日までのことです。

「来週は、立春か〜」と思ったら、その日は土用の期間と言うことになります。



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それでは、丑の日とは?

土用が分かったので、次は丑の日(うしのひ)ですね。

「丑」この字は、どこかで見たことがありませんか?


そうです、この字は干支の中の一つ、年賀状を書くときに見たことありますよね。


干支は、十二支とも言います。

この十二支を各日に当てはめていくと、12日おきに一度、「丑の日」がやってくることになるのです。




ここで、一旦まとめると、「土用の丑の日」とは、

季節の変わり目の約18日間のなかで、十二支のうちの丑の日のことを表しているということになります。








土用の丑の日は、2回ある?


土用は約18日間あります。十二支はもちろん12あります。

例えば、土用の始め(土用入り)の日が丑の日だと、十二支が一回りして、

2回目の丑の日がやって来ます。


この日のことを、二の丑と呼んでいます。


「土用の丑の日が2回で、うなぎが2回も食べられる!」と嬉しいのですが、

あまり、浸透していなくて盛り上がりません。


嫁に話しても、

「先週食べたじゃない。そんなに何度もうなぎはいらないわ!」となってしまいます・・・
うな重丑の日






土用の丑の日にうなぎを食べる理由とは?

土用と丑の日はわかったけど、どうしてうなぎを食べるようになったのでしょうか?

ここまで、うなぎって一度も出てきませんでしたよね。


牛肉を食べるだと、分かりやすいんですけどね。(丑=牛ですからね。。。)



土用の丑の日にうなぎを食べる理由には、諸説あります。

そのいくつかをご紹介します。
うなぎ




平賀源内がうなぎ屋に相談された説

もっとも、メジャーな説です。


エレキテルの発明で有名な平賀源内という学者がいます。

歴史の授業でも、何度か出てきましたね。


江戸時代の学者としても有名な彼ですが、近くのうなぎ屋から相談を受けました。

「夏場はうなぎが売れなくて困っている」と。



そこで、彼は

「土用の丑の日には、精をつけるために、うなぎを食べるように言ってみてはどうか?」

とこのようにアドバイスしたところ、その企画があたり、一気に全国に広まっていったのです。



元々、夏の土用の丑の日には、「う」が付く食べ物を食べて精力をつけるという風習があり、

そのことを知っていた平賀源内は、うなぎと結びつけて、アドバイスをしたのではないかと思います。


彼はプロモーターとして、すごい才能をもった人物だったんですね。

今の時代でいうと、秋元康さんでしょうか?
土用の丑の日うなぎ1



春木家善兵衛説

春木家善兵衛という、うなぎ屋さんが東京の神田にありました。

そこへ、江戸時代、藤堂というお殿様が、大量のうなぎの蒲焼を注文されたそうです。


うなぎ屋さんは、それは大量の数だった為、3日間に分けて作ることになったのです。

そのうなぎを作るときに、子の日から丑の日、寅の日と作った日を書いて残していました。


そうして、作った蒲焼きを、お殿様に献上しようとした時、

丑の日以外のものは、すべて傷んでダメになっていたそうです。


この話から、夏場の暑い日にも耐えるようにと、

夏場の土用の丑の日に、うなぎを食べるようになったと言われています。


この話は、なんとも信ぴょう性のある話に聞こえますね。



「万葉集」大伴家持の和歌説

そして、最後のお話です。時代は、さらにさかのぼり奈良時代へ。


万葉集という和歌の中で、大伴家持(おおとものやかもち)が

「石麻呂に吾 物申す夏痩せに 良しといふ物ぞ 鰻 漁り食せ」

という歌を詠んでいます。


夏バテに良いという、うなぎをとって食べよう。という意味です。

そんな昔から、日本では夏にはうなぎを食べるということが、知られていたのですね。




こうして考えてみると、平賀源内も、藤堂というお殿様も、

この歌を知っていて、うなぎに繋げたのかもしれませんね。


そして、話を聞いた人も、うなぎを食べると元気になれるということを

感じていたのかもしれません。





今度の土用の丑の日には、はるか奈良時代や江戸時代

光景に思いを馳せながら、うなぎを食べてみるのも良いんじゃないでしょうか?


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最後までお読みいただきありがとうございます。

お疲れ様でした。
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